ザ・グレートスモーカーvol 5

けむり屋店長

2010年11月16日 18:23

「一番旨いたばこの吸い方を知っているか!」

私がカッコイイ日本人として、尊敬する作家。
酒を飲み、たばこを吸い、旅に出、戦場の匂いを身につけた男。
アーネスト・ヘミングウェイのようなたたずまいがあった男の中の男。

開高氏こそ酒とたばこを必要とした作家だと思う。
自身でも「作家とは、昼と夜とをとりちがえて寝起きし、
酒とたばことヒステリーで心身を削る者」と定義している。

開高氏が吸ったたばこは、シガレット(紙巻)・シガー(葉巻)・パイプと
すべてのジャンルを網羅している。
シガレットのこだわりはなかったようだが、
メンソールを吸うことは、決してなかったようだ。

ただし、釣りのときにはラッキー・ストライクにこだわっていた。
ゲンをかついでいたのだろう。

さて、パイプに関しては、出版のたびに記念に一本購入し、
多いときには、六〇本を越えていた。
また、愛用していたパイプは、当人の言によれば
切り株のような、ボウルの底をフラットにカットした、
ダンヒルの「オーサー」というパイプだった。

開高氏がこのパイプを好んだのはそのシェイプよりは
「オーサー(著作家)」という名称にこだわったようだ。

他に好んだパイプは、デンマークのパイプ作家、
ゲルト・ホルベックの作品。

ホルベックのパイプを開高氏は「日常火を入れて酷使し、
ぞんざいに扱い、しかも眺めて美しく、飽きがこず、
あらゆる芸術の至境である単純な深さ、
深みのある簡素という一点をめざして精進しているのは
ゲルト・ホルベックであろうかと思う」と称賛している。

開高氏は自身の名と英語で“忍耐”と
刻印したホルベックを所有し、パイプたばこは、
キャプテン・ブラックというアメリカの銘柄を愛飲していた。

開高氏は、パイプは「人の思念を奥深い場所で
果実にさせずにおかない魔力を持つので、
シガレットとはまったく異なる」と言っており、
パイプを「哲人の夜の虚具」と称し、
シガレットは「昼の実具」である、と述べている。

開高氏がある方に、こう尋ねたそうだ。

「この世界で一番旨いたばこの吸い方を知ってるか」と。

そして、その答えが

「風呂のなかで吸う葉巻が一番旨いんじゃ」

と、フィッシュ&チップスは三流新聞で包んだほうが旨い、
というのと同じような口ぶりで語っている。

映画「スカーフェイス」でアル・パチーノが
バスタブで葉巻を吹かしていたのを思い出す。


開高氏は「たばこ」だけでなく、火をつける道具、
ライターに対しても、こだわりを持っていたようだ。
その著書『生物としての静物』でライターの章を
「書斎のダンヒル、戦場のジッポ」と題している。

開高氏はベトナム戦争に臨時特派員として従軍し、
ジャングルのなかで九死に一生を得るが、
開高氏にとってのターニング・ポイントとなったと思われる。
一九六五年二月十四日、Dゾーンのこと。
200名中、生き残ったのは17名という壮絶な戦いだった。

この戦いで生死を共にしたのは、
ヤンキー風の茶化した聖句を刻んだジッポと、
バッグに詰めたライターの石と油だった。

『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇(未完)』の3部作は
この経験を元に書かれたものだが、小説『夏の闇』のなかで、
女が戦場で生死を共にしたジッポのライターに
嫉妬を抱くシーンが印象に残る。

開高氏は、またダンヒルのライターにも愛着を抱き、
蒐集しており、とくに、好んだのは一九二二年に登場した
釣瓶式のユニック・ライターだった。

氏曰く、「いつ頃からか、何となくダンヒルのコレクションを
心掛けるようになった …傷だらけの使い古したのを入手して
家に持って帰ると、ほのぼのとした充足感をおぼえて、
イッパイやらずにはいられない。」と述べています。

また、「ピタゴラスやコペルニクスの時代にたばこがあったら、
彼らはきっとグラン・フュムル(愛煙家)だったにちがいない。
そして、彼らの定理や洞察を煙のなかからつかみだして
みせたにちがいない」とも述べている。

開高氏こそ永遠のグラン・フュムルであると思う。

「かくて、われらは今夜も飲む、たしかに芸術は永く、
人生は短い。しかしこの一杯を飲んでいる時間くらいはある。
黄昏に乾杯を!」開高健。

開高 健 (1930~89)
作家。1957年『裸の王様』で芥川賞受賞。
現在、茅ヶ崎の自宅跡は「開高健記念館」となり、
開高健の愛した「たばこたち」と対面することができる。

開高氏に捧げる一曲。


関連記事